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最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)2007号 判決 1995年6月09日

上告人

宗教法人

淨願寺

右代表者代表役員

井上英雄

右訴訟代理人弁護士

小沢礼次

被上告人

加藤得昌

右訴訟代理人弁護士

後藤貞人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小沢礼次の上告理由について

遺留分権利者が特定の不動産の贈与につき減殺請求をした場合には、受贈者が取得した所有権は遺留分を侵害する限度で当然に右遺留分権利者に帰属することになるから(最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日第二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁、最高裁昭和五三年(オ)第一九〇号同五七年三月四日第一小法廷判決・民集三六巻三号二四一頁)、遺留分権利者が減殺請求により取得した不動産の所有権又は共有持分権に基づく登記手続請求権は、時効によって消滅することはないものと解すべきである。これと同旨の原審の判断は是認することができ、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治)

上告代理人小沢礼次の上告理由

一、遺留分減殺請求権の性質に関しては、(1)形成権=物権説、(2)形成権=債権説、(3)請求権説の三説があると云われる。

第一審判決並びにそれを支持する大阪高裁判決は右(1)の考え方を採用し、被上告人は昭和五〇年一一月一八日到達の内容証明郵便により遺留分減殺の意思表示をなしたもの(亡得就の死亡は昭和四三年一月七日である)であるから、これによって確定的に減殺の効力が生じ、その後においては遺留分減殺請求権について時効の問題は起きないと云うべきだと述べる。

それに補充して、原高裁判決は、遺留分減殺請求権が形成権であって、その行使によって目的物の所有権が当然に遺留分権利者に移転するものであることを、理由としてつけ加えている。

右見地から、上告人の主張を退けているのである。

二、右第一審並びに原高裁判決の考え方は、前記(1)の形成権=物権説の考え方に立つもので、最高裁昭和四一年七月一四日第一小法廷判決、昭和五一年八月三〇日第二小法廷判決等のとる立場を採用するものと考えられる。右考え方は、形を変えて最高裁昭和五七年三月四日第一小法廷判決においては「遺留分減殺請求権の行使の効果として生じた目的物の返還請求権等と民法一〇四二条所定の消滅時効」にかゝる判断において「遺留分減殺請求権の行使の効果として生じた目的物の返還請求権等は、民法一〇四二条所定の消滅時効に服しない」との判決要旨を再び示している。

三、上告人も遺留分減殺請求権の性質について、形成権=物権説をとることを特に否定するものではない。

しかし、仮に形成権=物権説をとるとしても、その考え方と民法一〇四二条所定の時効にかゝる権利との関係が調整の余地が無いとは決して云えないと考える。

右問題に関して、遺留分減殺請求権の行使が一旦なされると、あらゆる権利について、それが物権的請求権として消滅時効にかゝる余地が無いとするのは余りにも長期間、法的安定性を欠く状態を招く理論だと云わざるを得ない。

原高裁判決の云うように、仮に形成権=物権説をとるとしても、その後の時効の問題について消滅時効を考える余地が無いとするのは、余りにも独断に過ぎるものである。

四、上告人は、遺留分減殺請求権によって、特定物の贈与、遺贈等を減殺した場合、遺留分権利者に所有権が復帰するとしても、所有権に消滅時効がないから、それが永久に存続すると云うのは余りにも非常識な考えであり、法的安定性を失する理論だと云うのである。

いずれにしろ、減殺の対象は相続財産であり、そうすると、その復帰を求める財産の取戻請求権は、所有権移転登記請求権も含めて相続回復請求権の性質を持つことは間違いないのである。

従って、相続回復請求権による最高期の除斥期間を適用して相続の開始から二〇年を経た昭和六三年一月七日の経過をもって、本件にかゝる相続の回復が不可能になると解するのが社会常識的にも最妥当な考え方と云わなければならない。

右は、上告人が当初からなして来た主張である。

よって、被上告人の請求は、右期間の経過により消失したものであり、失当であると云う外ないのである。

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